私はその人の手足じゃないのだから、全てに従うって結構無理だと思う。

みなさんお久しぶりです。
わかなです。

2018年になりましたね。
私は今日も今日とて、元気に生きています。

 

いま、久しぶりにブログ書くかって開いたら、
殴り書きみたいな記事が下書きに入ってた。

ので、もういいや、投稿しちゃう。←

しかし、いつの間にこんなこと考えてたんだ。
(いやちゃんと記憶はあるんだけど、下書きに残してたの忘れてた)

 

この時、なに考えてたんだろうな〜。

会社ってなんだろう。

組織ってなんだろう。

仕事ってなんだろう。

続けていくってなんだろう。

人はなぜ起業して組織にしようとするのだろう?

世の中の”こうあるべき”ってどうなんだろう?

って、考えてみてたんだと思う。
言われたことをすんなり受け入れられる素直さがなくて、
こんな風にいつも頭の中ぐるぐるさせてる。

ほんと、思ったままだだだだだだだって書いてるから、
多分すごい読みづらいと思うけど、

ふんふん😤って勢いのまま書いてるから、
多分ちょっとイラっとする書き方しちゃってるかもだけど、

でも、
私が思ったことだから、
いつもノートに書くだけなのに下書きに残したくなっちゃったことだと思うから、

とりあえず、投稿してみる。

 

でも、恥ずかしいから続きからね。笑

Continue reading 私はその人の手足じゃないのだから、全てに従うって結構無理だと思う。


「この人と私違うな」は、人生2倍のチャンスなのかもしれない。

ふと思ったこと。

 

「誰かと違うこと」
「誰かが違うこと」

 

に、必要以上に反応してしまっていた気がする。

 

それに反応するのがいけないわけじゃない。と思う。
違うということに気付けるのは、いいことだとも思う。

 

でも、その気づいたことに対して、

「なんでこの人はこう思うんだ!」
「なんで私はこうできないんだろう。」

なんて思っても、仕方がないのかもしれないなって。

なんとなくね、

気づいたというか、思ったというか、
そう感じたんです。

 

人はみんな違くて当たり前。

同じ親から生まれて、
一切の経験の差異もなく、
一切の感情の差異もないなんて、
そんなことがない限り。

あったとしても、たぶん。

全く同じ思考回路の同じ見た目の人間に育つなんてこと、
ないんじゃないかな?と思う。

考え方も、生き方も、信じるものも、
物事の見方も、判断基準も、

なんもかんも違くて、

何か同じことがあるように見えてもどこかしらは違くて、

 

だから、私たちは、

誰かと”一緒にいたい”と思うんだと、そう感じた。

 

もやもやだって、イライラだって、
嬉しいだって、驚きだって、

きっと、私とあなたが、あなたと誰かが違うから、
より鮮明に見えて感じて、
こころが動くんだと思う。

 

私はそう感じた。

あなたは、どうかな?

 

とか

そうゆうのを話せるから、誰かと話すのは楽しいんだと思う。

 

「こう思ったんだよね。」
「あーわかるわかる!」

だけだと、、、

いや、それもそれで楽しいけど、

ほんとにそれだけだと、会話って続かなくない?
(私の会話力がないだけ?)

 

少なくとも私は、

「違うところもあるから、一層楽しい。」

って、感じたの。

 

不思議なものでさ、

「私らしさが欲しい」「私だからと言われたい」とか
「個性を伸ばしたい」って言ってたりするけど、

でもその反面、

「共感」や「同調」、「誰かと同じであること」
「世間と同じであること」を求めてしまったりする。

 

どっちもきっと、大事。

だから、
どっちかがじゃなきゃいけないわけじゃないんだよ。

だから、
誰かと違ったって、誰かが違ったって、いいんだよ。

 

だから、
あなたが誰かと違ったって、
それはあなたが責められる理由ではないんだよ。

あなたがそれであなたを責める必要もないんだよ。

 

私もそう。

あなたもそう。

 

それで、お互い感じたことを、教えあえたらいいよね。

そしたら、2倍だよ、2倍。
違うからこそ、2倍。

 

すごいお得だ。すごい。

 

え、
すごい。

 

人生の感じ方、何かの感じ方を2倍、だなんて、

「こう思ったんだよねー」
「わたしもー」

だけじゃ、知り得ない。

 

だから、誰かと知り合いたいと思う。
出会いたいと思う。
話したいと思うし、会いたいと思う。

 

のかもしれない。

 

共感だけじゃなくて、違っても共有しあえたら、
人生の楽しみは何倍にもなるんじゃないだろうか。

 

あー、人生ってすごい。

楽しみ詰まってる。笑

 

 

 

そうそう。

誰かと違うことに反応しちゃう事例について、思ったこと。

 

友達とご飯に行ったり、旅行に行ったり、出かけたり。
会社の人と話していたり、一緒に仕事をしていたり。

そうゆう場面で、ふと訪れる

 

「いらっ」

 

その「いらっ」の原因を考えると
その人と自分との違うところを見つけて感じてることが多い気がした。

「なんでそんなことするのさ。私だったら…」
とか

「なんでそんなこと言えるのさ。私だったら…」
とか。

思っちゃうことあるよね。
日常茶飯事だ。
けっこうよく「いらっ」としてる。実は。

 

でも、
その「いらっ」は、果たしてその事象だけに向けられているのか。

 

もしかして、

お腹空いてない?
眠くない?
疲れてない?
悲しみを抱えてない?

そうゆう、
今目の前で起きた出来事とは全く別のフィルターで
「いらっ」が生まれているかもしれない。

 

「いらっ」

 

が芽生えたら、それを口に出してしまう前に

「ん?今のは本当に嫌だったのかな?お腹空いてるからかな?」

ってしてみたらいいと思う。

 

そしたら案外、なんとも思ってなかったりするんだ。

きっとね。

たぶんね。

 

少なくとも、
私の場合は。

 

お腹が空いてたり、眠かったりすると、
いらいらしやすくなる。

子供みたいに。ぐずる。←

 

だから、私がなんともなさそうなことでむすっとしてたら、
美味しいものをください。笑

ことの大小に関わらず、少しは落ち着くと思うから。

 

そんなことを考えてみた、

祝日の朝です。

 

ああ、今日もいい日になりそう。

 

皆さんにとっても3連休最終日が
(休みじゃない人もいるかもだけど)
いい1日になりますように。

 

ほんわかな。

 


アイキャッチの写真は、友達が撮ってくれたやつ
PHOTO by Saya :-)


ここにいたいなって思う場所とか

こんばんは。
わかぞうです、よ。

今月ね、
ダイニングテーブルをね、買ったんです。

GWくらいの時期に、
実家を出てマンション暮らしを始める友人夫婦に
長年愛用していたコタツテーブルを譲ってから
実はダンボールテーブルレベルの暮らしをしていたんだけど。
(あ、実際は、プリンターとか置いてた
ミニ台がテーブル代わりだったんだよ!
話盛りすぎたよ!!←)

さすがにちょっと、
フローリングにそのままぺたりと座って過ごす日々は、

生活をね〜
どんどんね〜

 

だらしなくしていくね。
(私だけ?笑)

 

というわけで、半年くらいずーーーっと
この子にしようかな?いやでもなー…><
ってしていたダイニングテーブルセットさんを
我が家へお迎えしました。

おかげで、とっても快適。
夜とかにちょーっとコーヒーでも淹れて飲むか?
って気分になるくらい、気に入りました( ´ ▽ ` )ふへへ

おうちカフェだぜ( ´ ▽ ` )ふへへ

 

今、テーブルが置いてある場所って、
前まではベットがあった場所だったんだけど、
帰って来るといつもベットでゴロゴロしちゃってたのを
どうにかしたくて模様替えしたんだよね。

 

そしたらどうした。

ベットに行くのなんて寝るときくらいで、
驚くことにテーブルの位置で過ごすようになったの。

ダイニングテーブルが来る前から!
ミニ台時代でもかわらず、
ベットがあった場所の角っこが一番居心地が良くてだね。

 

なんなんだろう。

風水とか詳しくないしわからないけど、
部屋の中の役割というか、ここはこうゆう場所!
っていうのがあるのかな?

 

さて、ダイニングテーブルに話を戻すとね。

テーブルの場所含めて、
部屋のレイアウトが実はまだ全然で、
テーブルの下にラグを敷きたいんだけど、、、
どんなやつにするのかもまだ決められてないのだ。

あと、本棚も増やしたい。
漫画用。

漫画用の棚欲しい。

前に持っていたやつは引越しのときに捨てちゃったんだけど、
見えないように隠すスタイルのものだったから、
今度はちゃんと見えるやつがいいんだよなぁ。

 

壁一面本棚とか・・・憧れる←
(現実を見ろ)

 

・・・
結局ダイニングテーブルのこと話してない←

まぁいいか。

 

レイアウトについてもね、
これも好きなことだから、

ゆっくり、時間をかけて、

「こんな部屋にしたいな〜」

を深めて行こうと思います_φ( ̄ー ̄ )
ちなみにダイニングテーブルは、
ナチュラルな木目のテーブルに、
椅子の座面は薄緑です❤️(抜かりない)

 

我が家にまた、緑色が増えた( ´ ▽ ` )

 

そんな感じの最近。

 

今日は本当に、ただの日記だったな。

こんな日もいいね。

せっかくテーブル買って、パソコンが目の前にある時間も増えたから、
これからはもう少し更新しようと思う。

こんな感じのゆる〜い日常もだし、
ちょっと私の内面に突っ込んだ、考え方とかの話とかも。

 

需要なんて知らないの。

たまーに誰かの目に止まって、「ふふっ」ってしてもらえたらいいな。

そんなことを思ってみたりする。

 

ほんわかな。


毎日、毎秒

私にとってブログって、
昔から、
Twitterとかでは書ききれない想いとか
書き始めちゃったら止まらなくなっちゃった感情とか
そうゆうのを長文でダーーーーっとかいて、
自分の考えを整理する場所だったんだけど、

またそうゆう使い方をしていこうかなと思ったりしてる。

 

最近はそうゆう想いを、
ノートにただただ自分に向けて書いてたんだけど、
それでも別にいいんだけど、
それはそれで大事だからやり続けるんだけど、

なんかそれだけじゃダメなんだと思う。

 

きっと、

誰かに見て欲しいと思ってるんだと思う。

 

誰にではないけど、

誰かに。

 

私の想いとか葛藤とか、感情とか何か綺麗なものも汚いものも全部
もしかしたら誰かの目に止まったりしてみたりしないかなとか。

おもってる。

 

あとは。

自分でノートに書いただけのことって、
どうしても、
なあなあにしてしまいがちだから。

私がわたしを、
わたしがどう思ったと感じたのかを、
忘れないために。

より責任を持って感じるために、

ブログに書いてみようかなって思う。

 

改めてね。

特に大きな意味はないんだけどね。

 

こうゆう、ブログを書く時間も、私にとっては大切だったんだと、
改めて気づいたってこと、かなー。

 

人間だから、

綺麗なだけじゃないし、
強いだけじゃないし、
明るいだけじゃないし、
幸せなことだけじゃないけど、

 

それでもやっぱり

幸せでいたいし、
強くいたいし、
綺麗事だって言いたいし、
いつも明るいねって思われたい。

 

だからこそ、

私がわたしを隠さずに、
私がわたしを嫌がらずに、
無視せずに、
ちゃーーーんと慮ってあげるために。

 

うん、そうだね。

 

そのためにも、

 

こうやって画面を通して自分と向き合う時間を、もっと持とうと思った。

会社とはまた違う、画面との向き合い方だね。笑

 

 

あ、

隠さない

といえば。

 

 

考えてみれば、私は昔からポエミー(?)な方で。

こう、心からたまに湧き出てくるものってあって、
そうゆうものを何かに書き留めておきたくて、
ノートとかに書いたりしてたりする。

 

いまはね。

「私がわたしを無視しない」

ってことが、最近の大きなテーマみたいで、いつも考えてる。

 

詩、なんて、大層なものじゃないけど、
わたしはやっぱり私に
表現して欲しいと思っているようだから、

あ、これはわたしのせいにして
自分がやりたいことやってるだけかも←

でもどっちにしろ、
私(もしくはわたし)がやりたいことだからいっか。←

 

まぁなにはともあれ、

隠さない
わたしを見せてみる

っていうのをやってみようと思うの。

っていうわけで、生まれたてホヤホヤ、だよ。笑

 

 


「毎日、毎秒」


”同じ日々のくり返し”
なんて私たちは思い込んでしまうけど、

きっとわたしが叫んでる。
「はじめまして!!」
「今日からよろしくね!!」
って、毎日、毎朝、気づかない私に向かって。

私が見つめるわたしはもう、現在(いま)のわたしじゃなくて、
毎日、毎秒、どんどん違うわたしになっていく。

だって
出会ってる。

毎日、毎秒、
新しい空に、新しい空気に、新しい音に。
新しい言葉に、新しい表情に、新しい風に、光に、想いに。

 

”同じ日々のくり返し”
なんてなかったんだと私たちは通り過ぎてから気づくけど、

きっとわたしは叫んでる。
「今日もありがとう!!」
「明日はまた、違うわたしをよろしくね!!」
って、毎日、毎晩、気づかない私に向かって。

私はわたしで、ワタシで私で。
毎日、毎秒、ぐんぐんぐんぐん、成長していっている。

だって
知っていく。

毎日、毎秒、
新しい空を、新しい空気を、新しい音を。
新しい言葉を、新しい表情を、新しい風を、光を、想いを。

 

ねえ、知っていますか?
その成長に気づけるのも、私だけだってことを。

だってわたしは叫んでる。
「はじめまして!!」
「今日もありがとう!!」
毎日、毎日、私に向かって。私だけに向かって。

心の奥から、愛を込めて。

 

だから私も叫んでみよう。
「はじめまして!!」
「今日もありがとう!!」
毎日、毎朝、毎秒、毎晩。心の中のわたしに向けて。

心いっぱいの、愛を込めよう。


 

まだ、今週も始まったばかりだけど、

皆さんにとって今夜も、今日も、明日も、今週も、素敵な日々になりますように。

 

ほんわかな。


私から、わたしへ。

何が何とかわからないけれど

何があっても、変わらず私はわたしで。

誰がいてもいなくても、わたしはいて。

すぐ隣に、いて。

離れることもできなく、

離れてしまう心配もあまりなくて、

だから、
忘れてしまいがちで。

でも、そんな忘れてしまいがちな私の横に、

わたしはずっといてくれている。

優しいとも

慈悲深いとも

なんか違うんだ。

たぶん、
なにも思わないんだろう。

私が何をしでかして、

私が何をしなかったところで、

わたしはなんとも思わずにいてくれるんだろう。

そのありがたさを、
私はすぐに忘れてしまうけど、
どうしてもすぐに、嫌がったり嫌ったり、
悲しい言葉をわたしに投げかけてしまうけど、

でも、
そんな私も含めて、わたしだもんね。って、

わたしはきっと思ってくれている。

なんて、
有難い存在なんだろう。

ありがとう。

わたしでいてくれて、

私の隣にいてくれて、

見捨てずにいてくれて、

ありがとう。

私もわたしを、
もう少し見つめる時間を増やすから、

「いいよべつにそんなこと。」

とかってわたしなら言いそうだけど、

それが強がりだって、

私だからわかるから、

わたしが照れない程度に、

嫌なふりをしない程度に、

そばにいて、
見つめるね。

考えるね。

一緒に、
考えようね。

私が、わたしが、何を思って何を考えるのか。
何を心の底で望んでいるのか。

または何を望んでいないのか。

わたしも私も、

多分、すごい面倒くさくて、

すごい難解なひとだから、

一緒に知恵を絞って

隠そうとする心を暴き合うくらいしないと

きっと見つからないから、

時間なんていくらかかってもいいから、

ゆっくりいこう。

 

私にも
その勇気がやっと少しずつできてきた。

 

勇気をくれてありがとう。

諦めないでいてくれてありがとう。

 

これからも、よろしく。