『何を』なのか、『誰と』なのかってはなし。

こーーんばんは!!
わかなです。

今日はなんとなく、

ふと、

自分の中でなんとなーくずっとぐるぐる考えてたことについて、

書いてみました。

 

何かっていうとね、

職場の上司、について。

なんです。

 

社会人になってから今まで、
いろんな人と仕事をしてきました。

 

新卒入社時、
最初に配属された営業チームのリーダー、Iさん。

3か月目からチームが変わって、
その営業チームのリーダーのSさん。

4か月目から部署を異動して、
コールセンター運用チームのリーダーのNさん。

そしてNさんと一緒にリーダーをしていたHさん。

異動から3か月後、
NさんもHさんも異動になった後にリーダーについたFさん。

 

転職後、最初の現場で一緒だったHさん。
(上のHさんとは別人だよ!イニシャルかぶったよ!)

ひと悶着あって違う現場になってからは、
請負開発チームのリーダーのHさん。
(まって、Hさん多すぎだよ。これも違うHさんだよ!)

請負チームが解散になった後は、
別会社のSさんがリーダーだったのかな、、、一応?

同じ会社で言ったら、Kさんかな。
でも、上司って感覚でいうとUさんかな。うーん。
この時期はちょっと曖昧。

 

そんで今、もう一度転職して最初の現場。
ここでは別会社のKさんがリーダーかなと。

 

・・・。

 

うん。

こんな感じで、
いろんな人の下で働いたなぁと思う。

思えば社会人経験も5年以上になった。

 

ながいなぁ。

 

でもまだまだだなぁ。

 

5年で上司がこのくらい変わるのって、多いのかな?少ないのかな?

 

わからないけど、
短い人は本当に期間が短い。

2か月って何ぞや。

って思う。

 

ITの仕事、

しかもSESという働き方の会社を選んだから、当たり前なのかなーとも思うけれど、、、。

 

でね、

 

こんだけリーダー変わっといてなんなんですけどね、

 

あのね、

 

わたし、

 

リーダーがコロコロ変わるの、本当はあんまり好きじゃないんです。

 

”いいな”と思ったリーダーならなおさら。
これはみんなそうかな?

 

人のことはすぐ好きになるんだけど、、、

好きになるって、わたしにとっては、

”心を許して信頼している状態”

とイコールではなくて。

 

 

好きになる

から

 

信頼する

さらに

 

心を許す

までの間に、
結構高い壁があります。

 

 

だから、
リーダーがすぐ変わってしまうと、
私の前にはまた大きな壁が出現する。。。

 

 

上が変わろうが、
下が変わろうが、

やることは一緒なんです。

 

それは知ってるし、
分かっているし、
さんざん経験してきた。

 

上が変わって(というかいなくなって)
心の余裕がなくなったことによって
得た経験も知識も根性も確かにある。

 

 

でも、

 

でもさ、

違うんだよなぁ。

 

 

やっぱり、私にっては、

”些細なこと”

とされてしまいがちな、

”上につく人が変わる”

ということが、

すごくすごく、

大きな問題なんです。

 

 

今思えばどの会社も、

直接的なきっかけではないにしろ、

”着いていきたい!”と思った人と離されたり、

その人が会社を辞めてしまったりっていう経験が、

私が会社を辞める大きな要因だったような気がする。

 

以前、
人事担当をされている方とお話しした時に、教えてくれたことが印象に残っていて、

 

「会社に入る時はみんな、普通にかわす紙の契約書のほかに
目に見えないもう一つの契約書をかわすんですよ。」

 

細かな言い方とか、表現とか、
そうゆうのは忘れてしまったけれど、
そんな話をしてくれた。

 

その契約書にはね、
たとえば、

 

『この会社には、人事の○○さんがいる』

『この会社では、自分の~~という考え方を大事にして働くことができる』

『この会社では、やりたかった~~にかかわる仕事に携われる』

 

とか。
そういったことが書いてあるんだって。

 

そして、
その心の契約書(勝手に命名)は、

働いているうちに上書きされていったり、
削除されていったり、
追記されていったりするらしい。

 

 

 

私の心の契約書にはきっと、

『○○さんがいる』

『○○さんと働ける』

っていう条文がほとんどなんだろうなぁ。

とかって、思う。

 

それと同時に、

 

誰かの心の契約書に名前が載るような
そんな働き方ができたらいいなぁ。

 

って、

とても、とっても思ってる。

 

 

仕事や会社や

職場や同僚に求めるもの、

これは外せない!と思うものって

本当にひとりひとり違うんだろうと思うけど、

 

”一緒に働きたいと思った人がそこにいる”

 

ってことが、
私にとってはすごくすごく大事なことなんです。

きっと。

 

仕事内容もそりゃー大事だし、
ヒマなのは嫌いだし、
がつがつ仕事をしたい。

けど、

 

”一緒に働く人が誰か”って、

 

上にあげたすべてが満たされることで得られるすべての旨味が、

激しい苦味に変わってしまうくらいの影響力がある。

私にとっては。

 

 

うーん。

 

わがまま、なのかなぁ。

 

 

 

みんなの

『心の契約書』

には、どんなことが書いてありますか?

今度、ぜひ聞かせてね。

 

ほんわかな。


GWと、はじめましてなことと、はじめてみる理由と。

お久しぶりですね。
わかなです。

 

今日は、5月10日。
もうGWも終わりましたね。

 

みなさんは、どんなGWを過ごしましたか?

 

疲れたこころやからだを、ゆっくり休めた人。

これでもかって、遊びつくした人。

ここぞとばかりに、旅行に行った人。

大事な人と、まったりゆっくり過ごした人。

久しぶりな友達に、会いに行った人。

一生懸命、お仕事を頑張った人。

 

いろんな人がいるんだろうな~。

 

かくゆう私は、
ビールに始まり、ビールに終わるGWを過ごしました。

 

 

・・・

 

 

というのは、冗談(本当だけど)として。笑

 

このGWはね、
私にとって新しいことが始まったときでした。

 

 

なんかちょっとあれなので詳しくは書けないけど、
新しいことに挑戦している。

 

大学のころから、
やってみたいなーと思っていたこと。

就職してからも、
「どんな世界なんだろう?」って
興味があったこと。

 

まだ始まったばかりだから、
今後どうなるかはわからないけど、

単純に今は

『たのしいなぁ』

って思えてるから、なんかいい感じ。

 

 

始めるにあたって、
いろーーーんな理由はあったけど、

 

現実的な
生臭い感じの理由も正直あるけど、

 

 

でもなんかきっと違くて、

それは自分の行動を肯定するために
あとからいろいろ探し出した理由で、

 

 

根本としては、

「わからないから、経験がないから、やってみたかった。」

ただそれだけなんだと思う。

 

それがいいとか悪いとかは分からないけど、

私の人生にはきっと、
この単純な好奇心からの行動が必要なんだろうなぁ。

と思う。

 

 

やってみたいと思ったり

見てみたいと思ったり

 

そうゆうのってきっと理由があるんだ。

 

 

私の気持ち的な理由とかじゃなくて、

 

 

≪私の人生≫

とか

 

≪私の運命≫

とか

 

そうゆうおおきーーい概念の上での理由がきっとある。

 

 

私が、
私の責任で、
私がやりたいと思って、
あきらめきれずに始めたことには、

 

絶対何か意味がある。

 

今までだってそうだった。

 

そうゆうことって振り返ってみると、

まるでそうなることが決まっていたかのように
自然と挑戦しているよなぁって思う。

自然とあきらめられずに、
ガツガツ取り組んでいる。

 

今回のこともそう。
1年近く考えて、でもやっぱり、、、

 

うんやっぱりって。

 

まずは、ほんとに、小さな小さな挑戦だけど、

いっこいっこ全部、楽しんで今日も、取り組んでいこう。

 

 

 

なんか・・・
後半ポエミーになっちゃったけど、
私のGWはそんな感じでした。笑

 

5月病とかいろいろ言うけど、
温かくなってきて気持ちのいい日も増えたし、
みなさんがほんわか楽しい日々が過ごせますように。

 

 

ほんわかな


勇気を出したいなぁって話。

しっかり
自分を見つめようと思う。

 

思ってグチグチ言い続けるだけじゃ
ただただネガティブでしかない。

 

これでいいんだと諦めることも
なんだか違うと思う。

 

 

諦めるって
考えた時点で
私の心はきっとすごくネガティブになってる。

 

だって、

 

諦めるんだ、今はこれでいいんだ
って言い聞かせてる。

 

言い聞かせてるなら、
きっとなにかが違うんだ。

 

そんな大人ぶった対応、今は必要ない。

ここじゃないんだ。
大人ぶった対応の使いどころは
ここじゃない。
うん、たぶんそう。

 

 

周りのためとか
世間的にとか
なんかそんなことを言いつつ
私は自分に勇気がないのを
正当化してるだけなんじゃないかと思う。
だって怖いもの。
不安しかない。

 

 

 

でも、今のままはもっと不安。
なんだよね。
不安だけど、不満だけど、
楽なんだ。

 

 

楽な方に流れていってる。
流されることを正当化してる。

 

 

でも私は、
そんな自分じゃ恥ずかしくて
そんな自分じゃ自信が持てないんだ。

 

自信が持てなくて
次の一歩目が出ないんだけど、、、

 

でも、一歩踏み出さなかったら、
ずーーーっと自信はないままなのよね。

 
それは嫌だなぁ。

 

 

今のまま
30歳になった自分は
想像がつくけど怖くて想像したくない。

 
だから、変えよう。

 

変えようと思う。
変わろうとするのは難しいから、
人間そんな簡単に変われないから、
環境から、
変えてしまおう。

 

 

そう、
ちゃんと考えることが出来てから
1週間くらい。
そろそろ、動き出さんとね。


そうです、私は欲張りなんです。

こんばんは!

若菜です。

今日は夜分遅くにごめんなさい。

感じたことは言葉にしておかないとな気がして、ブログ書きます。

 

でもね、

自分でも明確な言葉にできてなくて、
今回は本当に思いのままに文章を書くから読みづらいかもしれません。
ごめんなさい。

 

ある人がね、
最近良く言っていた言葉があってね、

 
私はそれを聞いて
「またこの人は突拍子もないことを考えるなー」
とか
「頭の中どうなってるんだろう。その考え方はどうやったら出てくるの?すごいなぁ。」

なんて思ってたんです。

 
でもね、
その人にはそう思うだけのきっかけがあって、
私がそれを知らなかっただけで。

 

なんかね、

誰かが何かを思ったり

考えたり

目指そうとしたり

指標にしていたり

悟りを開いているっぽかったり

そうゆうのって、その人の頭だから出てくるものだって思ってたんだけど、

なんか今回、

「あ、違ったんだ」

って急にすごい唐突に、思ったんです。
というか、気づいたというか。

 

その人にはそう思うだけの理由があった、きっかけがあった。

私はそれを知ろうともしないで
「へー、そんな風にいつも考えてるんだ」
って当たり前のように感じて、決めつけていた。

 

なんかね、もったいないと思ってしまって。

 

これからは、誰かの思いや、感じていることを聞いたら

「なんでそう思ったの?」

って聞いてみようって思った。

 
 

私と話す人からしたら、面倒臭くなるだけかもしれないけれど笑

 

でも、そんな風に誰かが気づいた、感じた、考えたきっかけをしれたら、私もそんなきっかけを逃さずに見つけられる気がして。

 

 

今回のことは、そんな自分の身にも起こって欲しいなんて言ってはいけないことだから、少し違うんだけど、

でも、

自分の周りにいる大切な人たちが何かを感じたのなら、その理由を聞いてみたい、話してくれる範囲でいいから知ってみたい。

 

私は欲張りだから、そんな想いもあったりして。

 

何かがあったときに、知らなかったなんて悔しい。

知っていたら何か出来たかもしれないって私はきっと思ってしまうから、全部なんてのは贅沢で、何様だって感じかもしれないけれど、少しでも多く、大切な人たちのこと、知っていたい。

何かあったときに話してくれなくても、どうしても耐えられなくなったときに”わかなー”って呼んでもらえる人でいたいなぁ。

 

ってね。思う。
欲張りなんです。本当に。ちょっと自分でも嫌なところなんだけれど。

 

でも、私はたぶんそうなりたいから、お節介やくと思います。
「なんだ?どうした?」
って、今にも増して面倒臭いかもしれません。

 

 

嫌に思ったら言ってね。直す。面倒臭く感じない聞き方する。
がんばる。

 

・・・・・

 

本当に、とりとめのない内容になってしまった。
ようわからんね、ごめんね。

 
とりあえず私は、みんなのことが知りたいんです。
一生懸命知ろうとするから、できる範囲で教えて欲しいなって思う。

 

 

ほんわかな。